まぎー、シングルマザー。【カルトからの脱出と自立】

社会問題にもなった、とあるカルト教団から抜け出してシングルマザーになったまぎーの精神的・経済的自立までの全過程を赤裸々に語ります

【まぎーのSTORY 第一話】少女が知った堕落論。男の子にモテるのはいけない事なんだ!と悟った瞬間

こんばんは。

 

まぎーです。

 

思い出す順に、私を形作った体験を書いていこうと思っています。

 

はじめての方はまずは下記のリンクから私のプロフィール、読んでみてくださいね♪

 ↓↓↓

maggie8.hatenadiary.jp

 

今日の第一話は、これからの私の話をする上でまず始めにしておかないといけないエピソードかな、と思ったので、今日はこのことを書きますね。

 

 【目次】

 

1まぎーちゃんの幼稚園での出来事

 

私が幼稚園児だった頃のお話です。

 

私の誕生日をクラスのみんなが声を合わせて

 

「まぎーちゃん、おめでとーー!!」

 

とお祝いしてくれた後のことです。

 

 

先生がみんなを目の前に、元気にこう聞きました。

 

「男の子の中で、まぎーちゃんのことが好きな子〜!はーい!」

 

私は「えーっ!」と思いながら、恥ずかしそうにみんなの前に立っていましたが、先生の声がけの後に、

 

「はーい!」「はーい!」

「ぼくも〜!」

 

と、ほとんどの男の子の手が一斉に上がったのです。

 

小さなまぎーちゃんは、それがとっても嬉しかったんですね。

 

今度はその後に私に向かって先生はこう言いました。

 

「まぎーちゃん大人気だね!まぎーちゃんはどの男の子が一番好きなのかな?」

 

その言葉を素直に受け止め、

 

(えーと、あの子も好きだし、この子も面白くて好きだし、、、、)

 

必死で誰か決めないと!

 

と迷いながら立っていた場面、でもなんだかとーってもいい気分で帰ったのを覚えていますね。

 

 

2異性にモテるのはいけないこと。私の信念が作られた瞬間

その頃、私はすぐに自分の家に帰る習慣はありませんでした。

 

まぎーのプロフィール」にも書いたように、私はカルト教団として知られた統◯教会で生まれた子として、集団で宗教教育を受けていました。

 

両親は「神の国」を作るためのお仕事で日中は忙しく、幼稚園の後は教会が運営する託児所のようなところで他の子供達と一緒に集団で生活をしていました。

 

その託児所のことを、私たちは通称「保育園」と呼んでいました。

 

その日、いつものように保育園に帰って、私は真っ先にそこでお世話してくれている先生に、今日の嬉しかったその出来事をペラペラと話したのです。

 

私男の子たちにモテモテだったんだぞー♪ルンルン♪

 

褒められるだろうな、一緒に喜んでくれるだろうな!

 

そう思って

 

「今日ね、まぎーちゃんね、男の子に大人気だったんだよ。男の子みんなが、まぎーちゃんのことを好きだって、みーんな手をあげたの!」

 

 

 

ところが、、、、

 

 

 

返って来た言葉は即答で

 

 

それはいけません!!!

 

 

こんな言葉だったのです、、、

 

 

つまり、男の子が女の子を好きという気持ちがあって、それを喜ぶということは、いけないことなんだ。

 

と瞬時に理解したのですね。

 

 

えっ?どういうこと?!

 

何がいけないの?!

 

そう思われる方がほとんどでしょう。

 

堕落論について

ここで、堕落論について説明しないといけませんね。

 

教会の教えには、「堕落論」というものがありまして、聖書を基にしたお話ですが、人類始祖の男女の堕落が罪の根っことなり、綿々とその罪の根は子孫に引き継がれ、私たち人類全て、罪のある存在である、という考えがあります。

 

諸悪の根源は全てこの人類始祖の堕落である。

 

と簡単に言ったらこうなるわけですね。

 

なので、教団では男女の恋愛は、完全にタブーとされていたのです。

 

そのことを小さなまぎーちゃんはまだまだ分からなかったのですね。

 

なので嬉しくてそのまま教会の保育園の先生に話したのです。

 

でも、この先生の一言で、十を知った感覚になったのかもしれません。

 

なので私はここから、長らく、本当に長い間、異性を「好き」という気持ちを持ったらダメ、そして知られたらダメ、伝えるなどもってのほか

 

このように、深いところで信じることになってしまったのです。

 

 

お勉強としての理論的な講義も、小学生、中学生になっていくと段階段階できちんと受けていきましたよ。

 

人間始祖の堕落は、聖書に書かれているが如くの「禁断の木の実を食べたこと」ではなく、「男女の愛の過ち」だった、ということを知的にも勉強していくことになります。

 

それを初めて知った時は、それはそれは衝撃的でした。

 

年齢が上がるごとに、よりリアルに男女が誘惑し合うことで堕落していったこと、そこに「サタン」という堕天使が介入していたこと、などを知りました。

 

ちょっと宗教用語が出てきて難しくなりますが、、、

 

私の両親は、教団の結婚である「祝福」を受けました。

それは堕落した悪の血統から神の血統になる教会最重要儀式であり、マスコミでも取り沙汰されて最も有名になった「合同結婚式」、あのことですね。

 

そこから生まれた私というのは、人間始祖から綿々と受け継がれた罪の根が清算された祝福された「神の子」となります。

 

教団では「祝福二世」と呼ばれ、清く尊ばれる存在となります。

 

その祝福二世である私が、もしこの世で恋愛して男女の関係になるということは、罪の中でもさらに重い罪と教えられてきました。

 

神の子からサタンの子となり、地獄行きです。

 

 

幼稚園の時のこのような出来事で、小さなまぎーちゃんは感覚的に異性を危険なものと理解し、さらに段階を経て「堕落論」の完全なる知識武装もしていったのです。

 

4運命は変えられる 

はぁぁ、、、、どんだけ生きにくかったことか、、、

 

今、この記事を書きながら、小さなまぎーちゃんを、私は抱きしめています。

 

 話は変わりますが、世界には自由恋愛がまだ一般的でない国もありますし、昔の日本だって、自由恋愛の風潮って今のようなものはなかったと思います。

 

周囲がみんなそんな環境だったら、自分の境遇に疑問も持たずに穏やかに幸せを掴んでいた可能性もありますね(笑)

 

 

運命というものを考えます。

 

ちょっと昔なら、私も「これは運命だから仕方ない」、と諦めというか、自分自身に言い訳をして内なる声に蓋をしていたていたころもありました。

 

ところが今では、運命は変えられる、と自信を持って言えますよ♪

 

堕落論を感覚的に悟ったまぎーちゃん。さてさて、どんな風にこの世の中を渡っていくのでしょうかね?!

 

次回へ続く。

にほんブログ村 恋愛ブログ シングルマザーの恋愛へ
にほんブログ村

まぎーのプロフィール

はじめまして、まぎーといいます。

 

突然ですが、私の人生、自分にとってそれが普通で当たり前だったのでそこまで気にしなかったのですが、今となって振り返ってみるとなかなかに風変わりな環境だったな、と思うのです。

 

もしかしたら、そんな私の体験を書き留めておくことで、過去に苦しむ誰かの役に立つこともあるかもしれない、と思い立ち、ストーリー仕立てで、シングルマザーや精神的自立・経済的自立なんかをテーマにぽちぽちと書いていくつもりです♪

 

その前に、まずは今日はざっくりとしたプロフィールを書きますね。

 

ちょっと長めなので目次です。

【目次】

 

 

 

1【恋愛絶対タブー】閉ざされた価値観からの覚醒

いきなりですが、あなたは今自由ですか?

自由とはなんでしょう??

自由であるということは、不自由であることを経験しないとわからないと思うのですよ。

自分が不自由だということに気づくところが、覚醒への第一歩だと思うんですね。

これは私が過去を振り返って感じることです。

私の生まれた環境、幼少期から大学生くらいまでは、本当に特殊な環境にいました。

極度に閉ざされた環境でした。

というのも、私はいわゆるマスコミでも大きく取りざたされた「カルト教団」と言われた悪名高き某宗教団体のコミュニティで生まれ育ったのです。

悩み苦しんだ時期はありましたが、過去を受け入れている今、過去の私の所属していたコミュニティが「カルト」とか悪名高い感じで言われると、ちょっと嫌ですね。

マスコミは輪をかけて色をつけて、歪めて報道しますから。

言ってみたら、今までの私の人生は、極度の不自由さから脱却する道だったような気がします。

物理的に教団を抜けても、長い間刷り込まれた思考というのはそう簡単には抜けません。

一つ一つ向き合って、自分を自由の身にしてあげる、そんな道のりでした。

そんな中で、少しずつ、人生の楽しみというものを見つけて味わって、あの頃からするとだいぶ遠いところまで来たものだわっ、と自分を褒めてあげたくなるんです。

過去の極度な不自由な環境がバネとなり、それが反動となって、生きる力になているように思います。

今では自分が好きな仕事をして、自分の意思で離婚もし、自由になるお金もあり、恋人もいます。

当時からすると考えられませんよ。

まるで別の世界で生きているようです。

前置きが長くなりましたが、私のバックグラウンドの子供時代から話をしますね。

2子供時代【毎日お祈りをする神の子】

生まれた時から某カルト教団にいました。

教団の子供達と寝食を共にするほど、当時はコミュニティの結束が濃かったですね。

その環境が当たり前だったので、当時の思い出は正直懐かしいです。

毎日毎日「神様の国が1日の早く作られますように」と神様にお祈りしていました。

3中学・高校時代【修道女のような女の子】

このお年頃って、みんな急に大人びて、色気付いてきますよね。

ところが私にとっては甘酸っぱい思い出など無縁でした。笑

色気づくなんてもってのほか!

「恋愛は悪である」

そう信じていました。

そうはいっても、心では常に憧れていましたね。

とても。

好きな男の子もいました。でも、心の中にしまっておくだけ。

決してそれを気づかれてはダメだし、行動に移してもダメ。

「悪」ですから。

「神の子」として立派でなくてはならない。

そう教えられてきましたから、自分の気持ちは押さえ込み、その代わり頑張ったのは勉強でした。

中学生の時は学年でトップ層にいまして、高校も地元ではトップの進学校に入学しました。

中学の時は、絵に描いたような優等生(ガッチガチの)だったのですが、高校生になると、プッツンと糸が切れたように落ちぶれました。(きっかけは、家庭の経済的破綻です、、、この頃は家庭状況もかなり困窮してごちゃごちゃでした)

一転して「頑張れない子」になってしまいました。

一度落ちぶれると、取り返すのは困難で、最下位層から抜けることはできませんでした。

自分の居場所もないまま辛くて苦しい気持ちを抱えながら、「1日も早く学校を卒業したい」と心の底から願っていました。

ここら辺までの私は、まるで修道女でしたね。

4大学時代【大学生最後の年に出会って3日で決めた結婚】

唯一の希望=結婚

そんな私の唯一の希望は「結婚」。

とは言っても、この世一般のような普通の結婚ではありません。

同じ教団の「神に許された人」と結ばれて結婚し、神中心の家庭を築く。

これが私の幸せの道だと思っていました。

そんな風に唯一の希望を心に秘めながら、結局高校卒業まで、落ちぶれた成績は戻らず、志望校にも届かず、大学受験は想定内の不合格。

親はお金がなくても教育熱心だったもので、私自身も「大学にだけは行かなければ」と信じていたため浪人して大学に入りました。(家は常に困窮していてお金もなかったし、予備校という集団の中に入りたくなかったので、宅浪でした)

宅浪で自分のペースで勉強できたのが私には合っていたのか、第一志望の国立大に入学できました。

実家から遠く離れていたため、一人暮らしを経験し、生まれてはじめてなんとも言えない心地よい解放感を味わいました。

そうは言っても、「神の決めた人と結婚する」ことが唯一の希望であったことには変わりはありません。

私は大学生になったらすぐにでも結婚するものと思っていました。

普通の女の子なら彼氏を作ることなのでしょうが、私は教団の中の許された結婚相手を心待ちにしていたのです。

ついに!神の許した相手との結婚

大学生の最後の年に、教団の男性と結婚しました。

親同士の同意の元、マッチングが成立し、出会い、三日後に結婚しました。

相手は二つ年上の韓国人、お互い学生でした。

もうお気付きの方はお気づきかと思いますが、統◯協会ですね。笑

ご存知ですか?ご存知なかったという方はどうぞググってみてくださいね。

それが私のルーツです。

式までの経緯は、ここでは書き切れないほどいろいろあったのですが、兎にも角にも、幼い頃から憧れていた、唯一の私の希望でもあった「運命の人」と結婚した私は、幸せ一杯でした。

5結婚・妊娠・出産【私の人生を返して!】

国際遠距離夫婦からの、まさかの妊娠

結婚したとは言え、お互い生活の拠点がすぐに変わるわけではありませんでした。

今後のことはこれから徐々に、と言った感じで、家庭生活への現実味は皆無でしたね。

私は大学卒業後、普通に就職しまして、社会人の厳しさをとことん味わうことになります。

それまで、独特の環境の中にいて、この世というものをわかっていませんでした。

そう、修道女でしたから!!!

もう辛くて辛くて、世の中は怖いし、どう接したら良いかわからないし、、、

世の中で生きていける気がしませんでした。

毎日ヒーヒー言いながら仕事をして、深夜に帰ってきて、もう無理!!

と心が叫んでいて、毎日家に帰っては辛すぎて泣いていました。

そんなある日、忘れもしない社会人一年目の夏の終わり。

お腹に、新しい命を授かりました。

国を挟んだ遠距離ではありましたが、韓国人の夫が仕事をしている私の元に来てくれて、しばし時間を共にしました。懐かしいですね、、、

その後の出来事ですよ、衝撃の妊娠は。

ママゴトのような家庭生活

こりゃ大変!!と、あれよあれよと環境を忙しく整え、新しい住居を構え、韓国人の夫を日本に呼ぶ形で家庭生活をスタートさせました。

お互い世の中をあまり知らないもの同士、ママゴトのような家庭生活でした。

勤めていた会社は妊娠8ヶ月の時に辞めました。

お腹には出産まであと4ヶ月という中、日本語もまともにできない夫と二人で、彼の仕事を探し、ようやく見つけたアルバイト先で、最初のお給料が6万円というところから始まりました。

今でも忘れはしません、、、(遠い目)

当時の私は、ど貧乏生活で、様々に不足な環境だったけど、母親になることの幸せ感で満たされていましたね。

4年間で3人の子供を出産

私はそれからというもの、無計画にもあれよあれよと妊娠出産を繰り返し、いつの間にか3人の母親になっていました。

この4年間の間に、今プロとして本職にしている、美容関係の仕事をするきっかけとなった、壮絶なアトピーとの向き合いがあったり、人生を変えた本との出会いとお話はあるのですが、このあたりは【まぎーのSTORY】の中で書いていこうと思っています。

(→「人生激変!アロマセラピストへの道」連載ストーリーへ:執筆中。)

私の人生を返して!

4年間で妊娠出産を3度繰り返したあと、3人目を生んで数ヶ月後に、私はママ友の紹介で生命保険会社に就職しました。

仕事内容には興味を持てなかったけれど、妻として母としての自分ではなく私という個に戻れる時間だったので、とても新鮮でした。

そんな新鮮さから、心にもゆとりが出たのか、私の中に、漠然とした疑問が生まれていました。

人生への疑問「これでいいのか?」

この心の声は次第に大きくなていきました。

その頃、私自身いろいろな問題に直面していました。

・家庭の外に好きな人ができる

・母親との確執

・惰性でつながっていた教団への不信感

・夫との溝

これらの問題を抱えるうちに、「今の自分は、自分で選んだ自分の人生を生きていない」

ということに「はっ!」と気づいてしまったのです。

人生への疑問「これでいいのか?」という疑問への答えは、「今のままではずっと人のせいにして生きていく人生になる」ということでした。

その答えが自分の中から導き出された時、もう私は吐き気がするほど、過去の自分、今の自分、未来の自分が嫌になったのです。

それでも、

教団だけは抜けられない、これは宿命だから。

もう私は結婚までして、子供も3人もいる、離婚など、できるはずもない。

夫を捨てるなど、可哀想で無理。そんなひどいこと、私にはできない。

このような思いがぐるぐるとずっと心の中で渦巻いていました。

教団の教えでは、「理想家庭を作る」というのが神の願いとされていましたし、離婚など言語道断でした。

今までその環境で生きてきて、教団の外で生きるなど、全部自分が責任を負って、子供達まで道連れにするなんて、できるはずがなかったのです。

本当に苦しい日々でしたね。

でも、人生を全てリセットしたい、という気持ちは強くなるばかりでした。

今まで何をして生きてきたのか、後悔の念が募り、悔しくて悔しくて心の中で絶叫していました。

「私の人生を返して!!!!!!!」

と。

もうこの心の声は無視できなくなり、ある日をきっかけに、2度と教会には足を踏み入れることはありませんでした。

6まぎーの今

さてさて、このあと私はどうなったんでしょうね?!

紆余曲折を経て、離婚もしましたし、恋愛もしてきました。

その中には、世界の見え方が大きく変わってしまうような衝撃的な出会いもありました。

この話は、別途【まぎーのSTORY】で連載していきます。

(→「まぎー1週間の恋」連載ストーリーへ:執筆中)

また、この衝撃的出会いがきっかけで、私は英会話を猛特訓し、半年でみるみる上達した、という経緯があります。(特訓の内容は【英会話】メニューで記事化しますね

男性の力は大きいし、私も単純です♪

まぁ~我ながら波乱万丈だな、と思うのですが、山あり谷ありは現在も常日頃からありまして、濃い毎日を送っています。笑

総じて言えるのは、今何があろうと自分で自分の人生を生きている、と胸を張って言えること。

冒頭でも投げかけた「自由とは何か?」に対する答えも、まだまだアップデート中なのです。

自己肯定感が低く、狭い世界の中にいた私がここまでできたことは、私に自信を与えてくれましたし、あれだけど貧乏だった私が、今は3人の子供がいながらの自分の自由になるお金もあって心にもゆとりができたのは考えられないことです。

でもまだまだたくさんやりたいことがあって、理想とするライフスタイルがあります。

これからは時間や場所に縛られない生き方がしたいな、と思っているので、前々から興味のあったブログを始めました。

インターネットがあれば、オンライン上で世界中どこにいても仕事もできますし、普段出会えないような人と出会うことができます。

現に、今これを書いているのも、旅行先のマレーシアで滞在中のホテルの部屋の中です。

このブログでは、恋愛は絶対タブー&ど貧乏から出発した私が、「女としても仕事人としても人生を楽しむ!」をテーマに記事を書いていくつもりです。

人生絶望してる人がどこかにいて、この記事を読んで少しは心が軽くなったらいいな。

そんな気持ちで書いていきますよ。

何か感じるものがあった方、お気軽にTwitterの方にダイレクトメッセージくださいね。

では、このあとは【まぎーのSTORY】でお会いしましょう❤︎

まぎー(2019.3月  旅行先のクアラルンプールのホテルにて)

にほんブログ村 恋愛ブログ シングルマザーの恋愛へ
にほんブログ村